長い一日が終わろうとしている(むしろ記事を書いているうちに日付が変わってしまった)。いつもは、夜更かし朝寝坊が常の夜型人間だが、今日ばかりは朝の6時過ぎに起きた。そして、目の前で起きていることに衝撃を受けて、眠気は一瞬でさめた。ポンド円は寝る時に見たレートから20円ほど下がっていたし、離脱派の勝利はもう動かないものになっていた。
「外国人」としてこの国に住んでいる以上、そしてEUからの移民に対する反感が大きな影響を与えてた結果である以上、この結果はもちろん残念だ。それに、英国や世界の政治経済が抱え込む途方の無い不透明性・リスクの大きさにも立ちすくむばかりだ。
これまで、残留派・離脱派の間で虚実入り混じった応酬、すさまじい誹謗中傷合戦が繰り広げられてきたのは事実だが、一方で離脱という答えは3000万人を超える英国の投票者が示した意思だ。今後、どれだけ離脱による悪影響が広がるのか、一方で離脱派が主張するようなメリットがどれだけ生まれるのか、またカウンターパートであるEU諸国がいかに状況を好転できるかは、英国とEUとの今後の建設的な議論・交渉にかかっている。10月までに退陣するキャメロン首相を継ぐ人物がだれなのかは、現時点では混沌としている。ただ、離脱派のリーダーにして有力後継首相候補であるボリス・ジョンソン前ロンドン市長に贈る言葉は、やはり以下のようなものだろう。
Saturday's LIBÉRATION: "Good Luck" #tomorrowspaperstoday #bbcpapers pic.twitter.com/9dAoKv6jlE (via @hendopolis)— BBC News (UK) (@BBCNews) 2016年6月24日
(フランス紙リベラシオン。写真中の人物がボリス・ジョンソン氏)
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これは日本のメディアでも報道されていると思うが、残留派は、「都市部」・「若者」・「高学歴・高収入」なほど割合が高い。イギリス、特にロンドンの大学はEU出身の教員や留学生が圧倒的に多い(一番多いのは中国人のことも多いが…)。当然、彼らEU出身の人々は(投票権がないとはいえ)残留派だし、そういうコミュニティに所属している人間も自然と残留派が主流となる(自分自身、今度イタリア人の同級生に会う時に、何と声をかけていいのかわからない)。だから、都市部で大学が多く、高学歴・高収入層が多いロンドンを筆頭とした都市部は残留派が勝利する結果となる。
ただ、なぜこういった属性の人たちが残留派となるのか。若者は、生まれたときからEUに加盟しているイギリスしか知らないし、実際にEU出身の人々と交流する機会が多いからだろう。一方で、都市部・高学歴・高収入層が残留派になびくのは、彼らがEU加盟による最大の受益者だからだ。その対極にいるのが、地方でいわゆるブルーカラーの職についていて(過去形かもしれない)英国外から来た人との接触が少ない人々、典型的な離脱派像だ。
今回の結果を、「地方の叛乱」と表現した記事があった。直接は書いていないが、地方の低所得・低学歴層が、経済的合理性を無視して、排他的な感情から非合理的な判断をした、とのニュアンスが伝わってくる。もちろん、こうした動きをポピュリズムという言葉でくくる言説は山ほどある。これは一面としては正しい表現なのだろう。どう控えめに言っても、今日、イギリスは国全体としてみれば、確実に分の悪い(しかもかなり悪い)判断をした。ただ、民主主義体制の中で票数としては多数を占める層を、上で挙げたような、ある意味で非常に失礼な表現でくくってきたインテリ層の言動が敗因となった可能性を考えていかなければいけないだろう。
同世代の、特に大学関連の友人知人はほぼ全員が残留派であるため、SNSのタイムラインは非常に沈鬱かつ攻撃的な一日だった。そして、何よりも心をやさぐれさせたのは、EU出身の友人知人たちが、こぞって「離脱派くそくらえ」、「EU離脱した、イギリス死ね」といったような声をあげていたことだ。おそらく、イギリスのEU加盟における最大の受益者の一人である彼らが、あくまでも英国の国民が民主的に示した意思(それは少なくとも、選挙の投票数ベースでは、EU加盟によって自分は受益者になれなかったと「思っている」人の方が多いことを意味する)に対して、そのような汚い声を投げつけることには、なんともいえない違和感を覚える。
EU離脱は決まったが、別に断交するわけではない。新しい、首相のリーダーシップの下で建設的な英国とEUの新しい関係が結ばれるために、何ができるかを考えるべきだと思う。
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近所のバス停の落書き |
その帰り道で、上の写真のように、バス停に落書きされているのを見つけた。やや記憶が定かではないが、おそらく今日書かれたものだと思う。残留派が怒りに任せて、Remain(残留)、Unity(団結)と書き込んだのだろう。
ただ、一連の動きを見る限り Remain=Unityとなるほど、この世の中は単純ではない。グローバル化による社会・経済の統合は、一方で国内の格差を広げ国内社会をunityから程遠いものにしてしまっている。
このような矛盾は、「偏狭な考えを持つ離脱派」(や米国でいえばトランプ支持層)のせいなのかもしれないし、格差を緩和できない政治家のせいかもしれないし、長期停滞ともささやかれる今の世界経済が共通して抱える宿痾なのかもしれない。ただ、私個人としてはまだこの点には答えを持てないでいる。
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今日の朝8時過ぎ、残留派敗北を受けてキャメロン首相は会見を開き、10月の保守党大会までに退陣することを表明した。昨夜、「投票結果がどうであれ、首相続投すべし」という嘆願書が80人程度の国会議員から出されていたにもかかわらず、だ(しかも、ボリス・ジョンソンも名前を連ねていたそうだ)。潔い進退表明だったといえる。
ただ、キャメロン首相はあと数ヶ月は首相の座にとどまる。金融市場に破局的な影響を与えないため、これだけ大きく割れてしまった社会に応急処置を与えるため、そして後継首相選びがもめて時間がかかるだろう、といった名分はあるだろうが、日本の感覚からすれば長らく居残るものだな、と思う(リオ五輪まで、と粘り腰だった某知事も、追い込まれてからは早かったこともあり、なおさらそう思う)。少なくとも最低限の尻拭いをする覚悟が政治家にあり、それを許容する度量が議会と国民にあることには、彼我の差を感じずにはいられない。
今朝のキャメロン首相のスピーチの中で、印象に残ったのは、彼らしい朴訥とした語り口で発した次の言葉だった。
(拙訳:私は、今回の選挙戦を、自分が出来る唯一のやり方で戦った。私の頭、心、そして魂で何を感じ考えたかを、直接にそして情熱的に語る、という方法だ。)
I fought this campaign in the only way I know how, which is to say directly and passionately what I think and feel - head, heart and soul.
確かに、キャメロン首相は、自身が表現するように全力で選挙戦を戦い抜いたと思うし、引き際も信念が通ったものだったと思う。少なくとも、選挙結果が明らかになってから、コービン党首の不信任動議を出す労働党や、昨日の夜は、負けたかも、と弱気になっておきながら、結果が出てから「今日が独立記念日だ―」と浮かれているUKIP(英国独立党)のファラージュ党首よりは、よほど筋を通した。
ただ、キャメロン首相への評価は、離脱後の英国がたどる運命とともに歴史が決めることになるだろう。離脱はないだろうと高をくくって、賭け金を引き上げてEUを揺さぶろうとしたのは、他でもないキャメロン首相だったのだから。この点、日経新聞の春秋で、一緒にするつもりはないが、と前置きされながらも、「重大な問題はしばしば国民投票にかけられ」たのが、ナチスドイツだったと論評されているのが印象的だ。民主主義である以上、国民投票はある意味で最高の意思決定手段なのだろうが、安易にこの手法に頼るのは政治家としてかなりリスキーな行為であることが見せつけられたのが今回の出来事だろう。日本も参院選の結果次第では、憲法改正の国民投票が視野に入ってくる状況では、他人事とは言えない。
結局作った(30分) pic.twitter.com/WFg1Ok8lxr— てふてふ@凍蝶 (@tef_tef_tef_) 2016年6月24日
ところで、ツイッターでは、早速さまざまなネタ画像が出回っている。上は、かの有名な戦前の国際連盟から「我が代表堂々退場す」の新聞記事をもじったものだ。この、国際連盟からの日本脱退について、東大の加藤陽子教授が「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」の中で次のように書いている。
強硬に見せておいて相手が妥協してくるのを待って、脱退せずにうまくやろうとしていた内田外相だったわけですが、…(中略)…除名や経済制裁を受けるよりは、先に自ら連盟を脱退してしまえ、このような考えの連鎖で、日本の態度は決定されたのです。(「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」 P.312)戦前の日本と今のイギリスを重ねるのは、余りにも乱暴だが、キャメロン首相の歴史的評価も、いずれこのような文脈で語られる日が来るのかもしれない。
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