2016年6月25日土曜日

続き(1)


(承前)

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ネット記事やSNSを眺めている限り、特に日本語で書かれた論評では、英国のEU離脱について「愚かなことをしてくれた」という評価が大半を占めている。なぜ愚かな決断だと思うかは、それらの論評を見る限り、次の2つにまとめられるだろう。

1.経済合理性のない判断だから
2.ヨーロッパの統合・人の移動の自由という、リベラルな考え方を逆転させる判断だから


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経済的な面から言えば、英国経済全体としてみれば、短期的にも長期的にも打撃を受けることがほぼ確実だ。これは、残留派が英国財務省の試算で見せていたことだし、イングランド銀行やIMFなども共通して示していることだ。もう少し、ブレークダウンすると、下記の点が具体的な経済下押し圧力といわれることが多い。

・EUの単一市場から抜けることで、貿易のコストがかかる(関税がかかる、輸出入の手続きが煩雑化する)、非関税障壁が高まる(EUと英国で法制度が異なると、対応コストが高まる等)。ただし、この点がどうなるかは、今後EUとどのような貿易協定を結ぶか次第だ。
・英国の主要産業・金融業について、金融センターとしてのロンドン・シティの求心力が弱まる。すでに、JPモルガンやHSBCなどが、フランクフルトやパリへの人員移転の検討に入っているようだ。だが、こうした移転の動きが実際にどのタイミングで、どのくらいの規模で起きるかについては、「ほとんどない」、から「破滅的な影響」、まで幅広いコメントがあり、意見の一致が見られていない。
・急激なポンド安により、輸入物価インフレが起き、国内消費が低迷する。これはおそらく早晩起きるだろう。少なくとも、今年のイギリス人の地中海へのバカンスは2~3割は高くつくことが確定してしまっている。
・一つだけ確実なのは、以上で上げた点が、どれだけ影響を与えるのか見通せないこと。そして、この不確実性が経済活動を委縮させることだ。

残留派は、これらの要因の影響がそれぞれ大きく、1世帯当たり数十万円以上のコストだ!と運動を展開してきたが、功を奏さなかった。

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上でふれた経済的悪影響の内容には全く異論がないし、残留/離脱を判断する際に必ず考慮しなければいけない点であることにも異論はない。実際、自分に投票権があったとしたら、この経済的観点だけで残留に投票していただろう。
ただ、多くの論評で忘れられている点が少なくとも2つあることには違和感がある。その二つとは、(1)経済的問題だけで投票行動が決まる訳ではないし、決めるべきでもないこと、(2)経済合理性の尺度として人々の念頭にあるものが、基本的にはGDPに代表されるような集計値だ、という自覚がないことだ。もしくは、GDPレベルで成長するなら、再配分を通して低所得層も得をできる、という仮定を暗黙にしていることだ。

(1)経済的問題以外の要因は、「リベラルな考え方の逆転」という論点とも絡むので、後に回す。ここでは、経済合理性の尺度について書きたい。

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個々人の投票者は、基本的には自分の利害を念頭に投票する。言い換えれば、個々人の投票者が比較するのは、残留/離脱時のGDPの違いではなく、自分自身が受けられそうな便益の違いなのだ。極論でいえば、「国全体がどうかは知ったこっちゃない。自分の食い扶持の方がよっぽど大事だ」と考える人々がいることはおかしなことではないし、そういう人たちが、近視眼的で扇情的な活動に影響される傾向が強そうだ、ということも同意する。そういう人たちによるノイズを減らすために、間接民主主義が発達し、官僚・専門家集団による行政の運営が発達したのだろうが、narrow minded な人間の意見はあらゆる面で無視するべき、というのは民主主義の否定だ。

だから、「離脱したらGDPがものすごく減る」、といったところで、「移民のせいで自分は割を食った」、「グローバル化した世の中のせいで自分は生き辛くなった」と思っている人々には、はっきり言って刺さらないだろう。もっとも、こういう人たちに対しては「自分では割を食った感じるかもしれないが、EU加盟で英国経済は豊かになっており、君たちも色々な再配分を受けられて、結果的にはプラスだった」との反論が出てくる。成長すれば多少格差が広がっても、トリクルダウンがあるのだ、という考え方だ。離脱によって、むしろしわ寄せが離脱派によることはもちろん大いにあり得る。だが、説得的にEU残留によるトリクルダウンをアピールできなかった点で、残留派が離脱派に示すべきものを示せなかった、ということではないだろうか。重要な再配分政策の一つである公営医療の現場で、「移民のせいでいつも病院が混んでいる」という実感を持っている人たち取ってはなおさら、残留派の試算は響かなかっただろう。その点、EUに主権が制限されている、という離脱派の主張は、再配分のやり方までEU官僚にがんじがらめにされている、という印象に結びつきやすく、非常に効果的だったのだろう。

4月にとあるシンポジウムで、ある経済学者による、EU離脱の経済的コストの試算に関するセミナーを聞いた。彼女は、「EU離脱は移民による労働力の柔軟な移動・調整を阻害し、労働市場を非効率にする。そして、このコストはGDP比で見ると非常に大きい」という説明をしていた。この主張は正し過ぎるほど、正しい。だが、こういうロジックに基づいた経済的試算で離脱派を説得しようとするのは無理があるのではないか、と同時に不安になった。まさか、その時の不安が現実のものになるとは、その時には思わなかったが、思い返せば4月頃から残留側が経済的コストを強調し始めたころから雰囲気がおかしくなってきたことに今気づいて愕然としている。

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イギリスに限らず、アメリカでも大陸欧州でも、そして日本でも、「グローバル化で割を食っている」という層が台頭してきている。これだけ、様々な政治体制・経済政策をとる国が共通した問題に直面している中で、「移民のせいじゃない、EUに残った方がいい。グローバル化の流れは悪くない」という命題が「動かない真実」だ、離脱派は「わからずやの愚か者だ」、と言い切るだけの、理論的・学術的証拠を自分は持ち合わせていない。むしろ、この命題の答えは、これからの世界が多いな代償を払いつつ決めることなのだろうと思うと、引き続き暗い気持ちになる。

「中間層が困窮している原因はEUにある訳ではない。EUに問題をすり替えるボリス・ジョンソンやナイジェル・ファラージュは稀代の詐欺師だ。離脱派は騙された愚か者たちだ」。今日も、ニュースやSNSをこういった言葉が埋め尽くした。こうした指摘は大きな真実を含んでいるだろうが、一方でEUが原因でないとすれば、他に中間層をリスクの高い選択肢に走らせた原因がある、というだけだ(ジョンソンやファラージュは、あくまで現象であって原因ではないと思う)。強い言葉は発する人も害する。強い言葉を投げつけるべき、本当の原因が何なのか整理がついていない自分にとっては、今日も気持ちをやさぐれされる一日だった。

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もちろん、離脱派の「これまで割を食ってきたから離脱」という判断にも問題はある。人間の限られた判断力では、意思決定が過去の経験に大きく影響されてしまうのはやむを得ないとはいえ、本当に大事なのは「将来どうやっていけばハッピーになれるのか」だ。難しい言葉でいえば、こういう意思決定はフォワード・ルッキングであるべきなのだ。だから、キャメロン首相は危険な賭けでEUを揺さぶって、将来を改善させようとしたのだろう。
EU離脱が人々を不安にさせているのは、離脱派の政治家たち、そして英国の議会政治が、この厄介な英国の将来をハンドルするだけのビジョンと能力を持っているかに、深い不信があるからだろう。もちろん、ヒビを入れられたEU諸国側の対処能力にも大きな不安がある(だからこそ、イギリス以上に大陸欧州の株価が下がったのだろう)。だからこそ、すでに、離脱に投票したことを後悔している人たちが多数出てきているようだ。そして、スコットランドやロンドンは、こんな奴らとはやっていけないと公然に主張し始めている。それでも、腹をくくって最善の道を探すしかないだろう。残留派/離脱派の論争を聞いていると、それぞれもう決まり切った2つの未来の選択のように錯覚しそうになるが、本当はそんなことはない。未来は、大きな困難を伴いながらも、これから作っていくものだ。

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先日、テート・モダンと呼ばれるロンドン最大の現代美術館の新館がオープンした(ちなみに、オープニングイベントはユニクロが協賛している)。
http://www.tate.org.uk/whats-on/tate-modern/special-event/new-tate-modern-opening-weekend
その、オープニングイベントの中で、テート・モダンをモチーフにした現代音楽を、地元の合唱団員500人がパフォーマンスする、というイベントがあった。そして、その中に、The Future (未来)という曲があった。

The Future:
It's not what we know, It's what, we think it will be
(拙訳)未来:それは私たちが知っていることではない。それは、私たちがそうなるであろう、と思うことだ。

作曲者によると、この曲は、ひどい目にあった自分の大切な人に向かって、優しく語り掛ける曲、
とのことだ。日本には、「これからリーマンショック級の事態が起きうる」、と予言した人がいたとかいないとか話題になっているようだが、この作曲者は別にそういう予言者とかではないと思う。

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(たぶん続く)

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